野口英世は借金王だった

中居正広のミになる図書館で歴史コメンテーターの金谷俊一郎お札になった偉人に関する知らなきゃ良かった雑学を紹介。

1000円札の野口英世にまつわる知らなきゃ良かった雑学。

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野口英世は福島県生まれで、アフリカに渡り黄熱病の研究に明け暮れ、アフリカの人達を沢山救った世界的にも凄い人物である。

その野口英世は実は借金王だった。

野口英世の借金ヒストリー

野口英世の借金人生の始まりは20歳の時、実は上京する時に、恩師である小林先生から10円(現在の価値で約20万円)を受け取った。更に他の人からも餞別として40円(現在の価値で80万円)を受け取った。このお金をなんと野口英世は酒・女・ギャンブルで2ヶ月で全て使い切ってしまった。

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そして、24歳の時、留学をするという事で、皆からお金を借りる。上述の恩師・小林先生から200円(現在の価値で約400万円)を受け取った。それだけでは足りないという事で、大富豪の斎藤から婚約の手付金(結納金)で300円(現在の価値で約600万円)を受け取った。合計で500円(現在の価値で約1000万円)の借金をした。しかし、実は野口英世はその後すぐに横浜で芸者遊びをし500円が20円になってしまった。現在で言えば960万円分使い切ってしまったのである。そしてこれじゃ留学に行けないという事で、上司の血脇先生から300円(現在の価値で約600万円)を受け取りようやく留学出来た。

しかも、斎藤に婚約の手付金を貰っているにも関わらず、野口英世はアメリカに渡り、アメリカで別の女性と結婚してしまったのである。

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このような人物であるにも関わらず、お金を貸す人が現れたのは、それほど野口英世は何かを成し遂げる可能性を秘めた人物であったという事であり、結局、野口英世は偉業を成し遂げた。

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